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なりゆき上なのだが
猫が二匹我が家に住む事となった

半分ノラ猫のような子どもたちで
引き取り手に困っていたようである
私が引き取り、救世主となったのだ

二匹はよく遊びよく食べよくなつく
とても可愛い家族が増えてしまった

しかし、ただひとつこの生後4ヶ月の
子猫にはかわいそうな点がある
それが私には気がかりだった

犬猫病院の先生曰く、う〜ん
これはヘルペスウィルスで
ここまでとなると治りませんね
薬を出してもいいですれども
効果がないけれども、、、
まあ、出しときましょうか
と診察された

この子猫の片目は
二匹ともかなり変色をしていて
明らかに機能していそうにない
片目の子猫なのだ

何やら生まれた時に母猫の母乳を
あまり飲んでいないため
抗体が不足していたのだろう
と言われた
可愛い子猫には不憫な話しだ

意味がない、と言われた
薬は毎日目に塗っている

そこで治ればよいな、と思いつつ
薬を塗りながら
ヒーリングを試みてみた

あとは夜に護符シールを
猫の目辺りに貼ってみた
朝になるとやっぱりシールは
どこかにいってしまったので

日中に猫が居座るところに貼ると
その上で猫はくつろいでいた

それからたった数日のうち

あれ、なんか治ってきてないか

なんと日に日に明らかに
眼球を覆っていたような膜が
はがれてきているし

もう一匹は灰色に染まった眼球が
正常な色合いに変わってきている
どこをどう見ても
二匹とも治ってきているのだ

う〜ん、何はともあれ
よかったよかった

先生曰く、この片目は見えていなく
うっすらと光を感じるくらいで
もう治らない、と言われたのだが、、、

猫は人と違って素直だから
効果が出やすいのかな

よくはわからないが
とにかくよかった

毎日毎日、新入りの家族は
走り回り遊び回り
元気を私に与えてくれている


日浦祐次先生の公式ブログ
ラーラ・ジャパン
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世界中が武漢肺炎で大変な状況ですけれども
皮肉なものだなぁと思ってしまいます

本来なら日本は今年はオリンピックもあって
経済的には絶頂を迎えるはずでした

アメリカは中国を潰そうと
経済戦争を仕掛けていました

中国はそれに負けまいと
あの手この手で対抗していました

韓国は中国とアメリカの間で
揺れ動いていました

北朝鮮は核ミサイルで
生き残ろうと駆け引きをしていました

世界中がなんのかんのと
それぞれの思惑でいろんなことを
していたわけですが

まぁなんと言うことでしょう

目にも見えない小さな小さな
微細なウィルスひとつで
全てが吹っ飛んでしまいました

脆弱なものですね
世の中とはこんなものなんだ

しかし、いつの世も
真っ先に被害を受けて
苦しむのは弱者

しかも、そんな弱者は
欲の小さなつつましやかな
人も多い

私の知っている個人事業主の方も
ホントのほんとに
死活問題で苦しんでいる人が多い

世の中が混乱してくると
わらをも掴む思いで
危険な思想が蔓延してくるのは
歴史の常

戦争やら宗教やら
異常な考えに取り憑かれて
混乱がさらに増してしまう

そもそもが今生きている
この、世の中、と言うものが
脆弱でしっかりなどしていない
不安定なものなのだと思います

ほんとにマーヤ(幻影)の世界は
いろいろなものを
映し出す世界なのですね


日浦祐次先生の公式ブログ
ラーラ・ジャパン
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最近、少々いろいろとあり
瞑想が出来てませんでしたので
今日、少し落ち着いて
瞑想をいたしました

瞑想のあと、どうやら大切なことが
欠けていることに気がつきました

それはマインドを消そうと
しているのですけれども

その前提といたしまして
意思と言いますか
〝強い願望〟が弱くなっている
気もいたしまして

ああ、これはいけないなあ、と
思いました

〝魂の内側に向かう
強烈な願望〟が欠けている
と、言うことです

静かな重い思いを
内側に向けて強く強く
落とし込んで
いきませんと
いけないなあと感じました

気を抜きますと
心が外側を走り廻ります

その想念を追わず
どっしりと
肉体は私ではない
心も私ではない

その前提として
全ての源へ向かおうとする
〝強さ〟がありませんと
だめなんだ、感じております

強い願望で一点に向けて
集中しなければ
弱いのではないか

自分は強く、真我そのものと
信じ切ることだ!と

気を抜くと、マインドが
たくみに遠ざけようと
働き掛けるのですかね

その繰り返しでもよいので
源へと近づいていこう、と
思っております、、、


日浦祐次先生の公式ブログ
ラーラ・ジャパン

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ラーラ・ジャパンの日浦師匠の
ブログ
〝不変なるもの〟を拝見いたしまして

真っ先に思い浮かんだのが
〝池の鯉〟でした

唐突なんですけれども
池に人が立って餌を投げようと
しますと

びっくりするほどの勢いで
たくさんの鯉が口をぱくぱく開けて
餌に群がりますよね

日浦師匠のブログの教えを
まるで池の鯉のように
口をぱくぱく開けて
待っているようでは
もう何かいけないように
思えたんですね

もうしっかりと教えは
学びました

あとは内に向かうのみ
なんじゃないかと、、、、

・・・・・・・・・・

〜幸せについて想うこと〜

誰もが〝幸せ〟というものを
望むものです
それに疑いはないでしょう

けれどもでは〝幸せ〟とは何か
について問われますと
一瞬言葉に詰まるものです

肉体を持った自分のことを
自分に違いないと
疑いを持たない人にとっては
この世が全てです

けれどもその肉体を持った人にとっての
ゴール、終着駅は
誰にとってもそれは〝死〟です

どんなに頑張って幸せになろうが
失敗して不幸になろうが
最後に死を迎えることには
変わりはありません

ではあらためて〝幸せ〟とは
なんでしょうか?

私はこの世で本当の幸せを
得ることはどだい無理な
話しなのではないか、と
思っております

その理由は、この世の中の全ては
何ものもとどまらず、変化して
やまないものだから、と
思うからです
つまり〝無常〟ということです

真実なるものとは永遠に
〝変わらないもの〟であり
〝失うことなどないもの〟だと思います

そうなりますと
この世の中の全てのものは
変化してやまないものだから
全てが〝嘘っぱち〟だと言えます

どんなに努力して
何かを手に入れたとしても
それを永遠に手中に留め置くことは
出来ません

その持ち主自身がいづれ
この世を去るのですから
無理な話しですよね

幸せ、と思っているものでも
何もかもひっくるめて
全てがとどまらないのです
消え去るのです

ですから、この世で本当の幸せを
得ることは、
どだい無理な
話しなのではないか、と
思うわけです

この何ひとつとどまることのない
変化してやまないことを
一言で〝嘘っぱち〟と呼べませんかねえ

ですからこの世の中で
どんなに一生懸命に幸せを
求めてみても、嘘っぱち、だから
結局は
何も手元には残らないのだと
知ったのです

向かうべきは外側の世界ではなく
内側にある
私の本性、真実なる魂に
向かうことなのですね

そうなりますと、自然と
〝沈黙〟にならざるを
得ないのかな、、、
なるほど


日浦祐次先生の公式ブログ
ラーラ・ジャパン
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〝個人はなんの役にも立たない〟

とは、ニサルガダッタマハラジ 師の
お言葉で

個人は捨て去るべきもなのだと
自分に言い聞かせてはいるものの

なかなか仕事など日常生活の中では
忘れがちになってしまいます

けれども前に比べまして
変化があるとしましたら

〝何とかしなければ〟とか
〝何とかしたい〟という
力の入った想いが少なくなりました

何とかしなければ、と想いましても
これまでそうそう想い通りに
なった事もありませんし
そもそも何とかしなければ
とは誰の想いか?
何のためか?

ニセモノの自己(マインド)
つまり〈個人〉など
何の役にも立たないのだ、という
真実

巷ではこの認識がなく
そもそもの出発点が間違っているので
不幸になってしまうのだ

そんな無力な個人などに期待など
出来るものではないなあ、と

個人などというものは
無駄なことなのだ
捨て去るべきものだ

であるならば、そんなものを
後生大事にしてもなあ、と
想うにいたります

そう言い聞かせて
個人(マインド)の価値を
おとしめて小さくするように
いたしております

得ようとしたければ
得ようとするこのマインド自体を
消し去らなければならない

という、逆説的に聞こえますが
一番の近道に、気がつかなければ
ならないのですね



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